|
|
|
vol.2  |
|
|



|
10 |
食べる |
Killer  |
|
僕は小さな頃(小学校低学年)くらいしか親と食事をとった覚えはありません。
それで僕にとって子供の頃からの食事といえば、インスタントラーメンしか思いあたりません。
それも1人で作って食べてましたねぇ。
インスタントラーメンといえば手抜きとか栄養のこととかあまりいいイメージを持ってない人が多いのではないでしょうか?
確かにそれは事実です。
でも僕の様に中学校、高校生のとき毎朝ラーメンを自分で作って食べて夜もラーメンだった僕にとってはすごくすばらしい食事です。
僕にとって成長期の食事というのは楽しいものでもなんでもなかったです。
が、とにかくいつもお腹がすいていて、インスタントラーメンしか朝と夜は食べるものがありませんでした。
それで運動部の部活が終わって自分で作ったインスタントラーメンはとてもおいしかった〜!
だから当時はインスタントだろうがなんであろうが、食べられるものは全てすばらしいものです。
「食」ってすばらしい!
中学生、高校生時代の食生活がなければ絶対今の僕はなかったです。
今の僕の職場は寮の様なところで食事がでるところです。
もちろん今は結婚して子供にも恵まれ外で家族を養ってますが。
なぜ僕が今の職場を選んだか?
僕が今の職場に入ると決心した言葉で質問したことを今でも覚えてます。
担当の方が「ごはんもいくら食べてもいいよ!」との言葉ですぐ
「おかわりしてもいいんですか?」
「朝と昼と夜も食事があるんですか?」
・僕にとって「食」とは空腹をみたすこと。
・僕にとって「食」とはとても幸せになれること。
味は空腹(精神的にも)じゃないときに感じるものと思います。
今でこそ自分で酒の肴に関するHPを作ってますが・・・。
「食」を楽しめるということは気分的に余裕があること。
「食」は肉体的にも精神的にも全てにおいての生命の源ですね!
今の毎日の食事と酒がうまい自分と家族に乾杯!!
|
|
|





 |
9 |
継母の味を求めて |
よしのり  |
|
「もうその辺で止めときなさい!」
「あれっ?もう全部食べちゃったの!?」
「他の方と同じテンポで召し上がれば…」etc、まるでゴミ箱ねと言わんばかりの雑言!じょーだんじゃないっ!!ゴミ箱がキムチやメンタイコー(?)やタンドリーチキンを嫌うか馬鹿!と言いたい。
然し戦時下の東京で親戚に預けられ、ひもじい思いをした体験が食べる=極限までの満腹感を求める行為となって終う傾向は認めざるを得ない。
然しこの哀しい原体験を共有する同年代さえ大分以前から「やっぱり懐石は○○○にかぎるねえ君」等と…。
ふん、ワラワせんじゃねえや!勤労動員先の工場で配給になったピーナッツバターを(この世でこんな旨いモンがあるだろうか!)と感動してなめた輩が懐石料理は絶対○○○だ等と!キザもええ加減にせんかい!
三日程前三平汁を作った、長年の試行錯誤の末、圧力釜で調理するのが一番いい様である。然し今回も又何処か物足りなく、あの懐かしい味とは程遠い味付けになって終った。
あの味とは継母の調理によるそれを指す。
憎たらしいガキであった僕はどうしても懐かずとうとう東京への遠島となるのだが、腹がへる度に思い出すのは継母の作る料理の数々であった。
三平汁は勿論、鮭寿司、焼き漬け(鮭を焼いて醤油に漬けたもの)筋子、みがき鰊入り鉈切り大根の漬物等々すべてが絶品であった。
食べ物に金を遣う等とんでもないと言う人でしたし、なにせ村中が父の漁場で働いて生計を立てていると言った環境であったから新鮮な食材には事欠かず、彼女の才能は留まる所を知らず、遂にはお菓子の分野に迄及び、お陰でチョコレートはおろかキャラメルさえも縁遠い子供時代を送るハメになって終った。
70歳迄生きていろんな物を食べて来たけれど旨い不味いの基準は常に頑として継母の味なのである。
偶にそんな味に出会うと、嬉しさと同時に親不孝を詫びるしおらしさもシャシャリ出て来て何とも複雑な気分になる。
さて、あの味に近づく事が困難な大きな理由は食材を生む大地、海、河川の汚染だと僕は固く信じている。
先ず香りが確実に薄れて行った。
僕が幼い頃、トマトや蕎麦はその独特の香りで子供達に嫌われ、生の豚肉は香ばしい匂いを放ち、卵に醤油を混ぜて暖かいご飯にかけたのが子供達の大好物であった!
嗚呼、あの油断をしていると忽ち炎に包まれて終う鰊は何処に消えて終ったのだろう?
残るは飛び上がる程塩辛い「甘塩」と記された筋子、うらなりみたいな胡瓜、男爵から下男になり下がった様なじゃがいも、未成熟の毛がに、発色剤の故であろうか、色鮮やかなれどグターッとして妙にぬるぬるした魚介類、この分では北の果てまで足を伸ばしても継母の味には出会えない様な気がする。
それが現代さ、今時肥え桶かついでドッコイショだなんて…、それに一々腰を屈めて田圃や畑の草むしりや虫獲りなんか出来っか?
それこそ時代錯誤だろうが、お前さん試しにやってみなよ!
樂して金が入る事を覚えたら引き返せないのが人間ってモンじゃあねえの?
お前さんはいいやな「古き良き時代」なんて言ってりゃあいいんだから、平均寿命も大分延びたし、もうゴタクはさんざん聞き飽きたって!外になんか文句でもあるのかい!?
あるに決まってるさ!毒入り米を買わされているんだもの!
子供がキレるのはその故かも、と思った事がありませんか?
「母なる大地」って言葉は知ってるでしょう?
P.バックの「大地」の主人公王竜、あのあばずれスカーレット.オハラでさえ「タラへ帰ろう!」と母なる大地への回帰を願ったじゃあないですか!
大事に手間ひまかけなければ愛情も湧かないんじゃあ無いのかなぁ?
痩せた土地を哀れと思いませんか?
僕は子育てにとても似てると思うがねえ、1933年アメリカの中央部を襲った砂嵐は偶然ではなく化学肥料、機械化農業の後遺症だと言う人は多いのです。
J.スタインベックは「怒りの葡萄」を書きましたが、僕は敢えて「神の怒り」と言いたいなあ!
どうか子孫の為に豊かな土壌とその上に良き種を…
|
|
|



 |
8 |
かぼちゃ |
ちえ |
|
昨年の秋、3才になった娘は、形ばかりの幼稚園入園テストとして、親子面接を受けた。
初めての幼稚園。
先生に名前などきかれては何とか答えていたのだが、緊張のためか、イスの上でもぞもぞしているうちに、すべり落ちてしまった。
そのハプニングで私の胸にしがみついて泣いている娘に、最後の質問。
「食べ物は何が好きですか?」
娘は涙声で「かぼちゃ..」。
一同、おもわず爆笑。
カボチャは私も好物なのだが、好き嫌いの多い夫は食べない。
栄養的にも優れているし、柔らかさと甘みもあって、子供にはもってこいなのだが、市販の4分の1カットでも余ることがある。
そこで私のアイデア「カボチャの1切れだけミルク煮」。
冷凍のカボチャ1切れの皮をむき、塩少々とひたひたの牛乳をくわえて電子レンジで加熱してできあがりの、お手軽メニューである。
.....もっと「ちゃんとした」ものも作っているじゃない。
そう思ったが、先生は、まさかそんな「手抜き」メニューだとは思わなかっただろう。
その日の晩、母にその様子を報告すると、「かぼちゃ」の正体を知っている母がちょっぴりほめてくれた。
「たとえ手抜きでも、親が野菜を料理して食べさせて、それが好物なのだから良いことだ。
スナック菓子だの外食メニューだのばかりよりは良いに決まっている。
先生には子供の好物で家庭の食生活の様子がわかるはず。」
というのだ。
このハプニングにもかかわらず、娘はめでたく入園することができた。
お弁当も週に1度の給食も、毎日きれいに平らげてくる。
折しも「食欲の秋」。
先日の晩ご飯のときなどは、ご飯のお代わりをしたうえに、「デザート」と称しておせんべい1枚。
その後で、私のところに寄ってきて、自分のお腹をたたき、誇らしげにこういった。
「みてみて、おなかいっぱいになったから、ぽんぽんいっているよ!」
願わくはつまらないダイエットなどせずに、よい食生活を送れる大人になれますように。
そのときまで、カボチャのエピソードは語りぐさになるに違いない。
|
|
|



|
7 |
タクアンの壁 |
くりぽん |
|
「もう一枚、タクアンを食べたいが、むむむ。」
いつものことだが、俺は悩んでいた。
「炉端漬け」というのだろうか、
正式な名称はいまだ知らないのだが、我が実家の食卓には必ずいつも褐色のタクアンが用意されている。
外で出てくる定食などについてくる黄色いタクアンとは違い、その味は醤油味で辛め。
特別に値が張るものでも何でもない(らしい)のだが、これがまたウマイ。
光り輝く炊き立ての飯粒とセットになれば、それは至極の味だ。
しかしこの二十数年間、どうしても乗り越えられない壁がある。
なんとも貧乏臭い話だが、どうしても2枚目を食べられないのである。
子供の頃、「小さいうちはあまり辛いものは食べない方がよい」という“指導”の元、このタクアンを食べることはほとんど許可されなかった。
そしてなによりもこのタクアンは親父の好物であり、親父の管轄下にあった。
その結果、「このタクアンは親父のものであり、自分は勝手に食べてはいけない」という考えが完璧に染みついてしまった。
もちろん25歳にもなれば(というか、もっと前に)もはや好き勝手に食べれば良いのである。
が、小さい頃に抱いてしまった「特定の食べ物に対する特定の概念」というやつは、困ったことにいくつになっても消えないらしい。
やっとのことで1枚目だけは好き勝手に箸をつけることができるようになったが、その先がいまだ克服できない。
うっかり2枚食べてしまおうものなら、罪悪感で一杯。
決して悪いことをしているわけではないはずなのだが。
こんな壁があるのは、自分だけなのだろうか。いやはや。
「やっぱり次は白菜の浅漬けにしておくか。」
壁を乗り越えられる日は、まだまだ遠そうである。
|
|
|



|
6 |
母のケーキ |
ばんり  |
|
寒い寒い冬の夜。
姉と二人、こたつでテレビを見ていると、台所からシャカシャカ・・・と音がする。
「あっ!」
姉と私は台所へかけこむ。そこには、大きなボールにはいった黄色い卵液を力強く泡立てている母の姿がある。
「お母さん、ケーキ作るの!?」
興奮気味の私達の声。
母は、「お手伝いしたいー」とせがむ姉妹に手を焼きながらも、できる範囲内で手伝わせてくれる。
粉を量ったりふるいにかけたり、砂糖をほぐし入れたり・・・。
生地が出来上がると、ガスレンジの上に置かれた古びた天火(オーブン)へ入れる。
バニラの甘いかおりが、天火から漂ってくる。そのかおりに誘われるかのように、何度も天火の中を覗き込む。
絶対開けちゃだめよ!と、母に念を押されながら・・・。
スポンジは、次の日になって落ち着いてからようやく飾りつけされる。
母は器用な人で、さまざまな絞り口を利用して、本に書かれているような生クリームでのデコレーションを見事にやってのけていた。

そうしてできあがったデコレーションケーキは、私の記憶の中では、やはり最高においしいもののひとつ。
忘れられない、あの味と香り。
そして楽しい思い出・・・。
最近ではケーキなんて作ることないわ、と言っている実家の母。
今度帰ったときには、きっと作ってもらおうと思っている。
今なら、お手伝いも(すこしは)上手にできると思います♪
|
|
|


 |
5 |
「うまーい」暮らし |
nonko  |
|
山の上の小さな村での暮らしももうすぐ3年目。
先日は隣のおばあちゃんが畑のさつまいもを掘って持って来てくれた。
秋の山はほくほく感で満ちており、厳しい冬までのわずかなひとときを美味しい恵みで彩ってくれている。
夏野菜の時期は娘とさんざん野菜の収穫を楽しんだ。
秋になり、緑の勢いもおとろえてきたが、私の家の庭にはきのこの菌床が埋めてある。
きのこ工場の方にわけていただいたもので、ここから出てくるヒラタケを娘と収穫する楽しみが待っている。
肉厚で煮物にしたら最高なのだ。
村の市にいくと、色採取りのかぼちゃやりんごに娘は興奮する。
畑に囲まれて暮らしていると、市も楽しい。
どちらも娘にとっては格好の遊び場で、店番のおばちゃん達に可愛がってもらって帰る毎日。

娘は卵と牛乳を口にすることができない。
その制限はこの現代の食社会、予想以上にきつい。
しかし、暮らしの中で食べることを精一杯楽しんでいる。
舌を満足させるだけではない「食」の奥深さや楽しさを、母親になって、改めて気付かされる。
先月から行き出した託児所で、娘はお昼のごはんに、毎回「うまーい」とおたけびを揚げて喰らいついているらしい。
食べることを楽しんでほしい、という母の願いは、2才になった今のところは順調にかなっているようである。
|
|
|



 |
4 |
ああ松茸 |
ゴマちゃん |
|
昭和30年代に育った私は食通でもグルメでもありません。
毎日毎日、普通に「おいしいな」とご飯が食べられればそれで結構。食べられるだけで充分幸せなんです。
でも、話に聞くあんなモノこんなモノ、やっぱり一度は食してみたい…。
ふぐを食べたことがないし、生牡蠣も松茸もトリュフもフォアグラも北京ダックも、まったく食べたことがない。
ああどんなものかしら、一度で良いから食べてみたいと、実はこどもの頃から密かに願っていたのです。
数年前、姑が亡くなりました。
数年間入院してついに一度も一緒に暮らさないままでした。
一緒にご飯を食べたのは12年間でせいぜい10回もあったでしょうか。関東育ちの嫁の味付けがどうであるか、感想を聞いてみたかったです。
さて葬儀も終わり四十九日の法要に集まった時のことです。
義姉が手配してくれたのは京都の立派なお料理屋さんでした。いろいろなお膳が運ばれて、どれもこれも凝ったものばかり。
ただもう珍しく、京料理の美しさに感心しました。
が、肝心のお味のほうは記憶にないのです。
夫は一応喪主なので、「喪主の妻」かと思うと、居並ぶ親戚の中でも一番年少なのに座ったままでいいのかしらとか、お義姉さんに断りなく動かないほうがいいかしらとか、なんだか色々考えてしまって食べた気がしませんでした。
で、解散したとき同じ方面に帰るお義姉さんと一緒になって、私がふぐも松茸も食べた事がないという話になったら、
「えっ、あんたさっき食べはったやないの、あれ松茸ごはんやで」
と言われたのです。
あ然。
そうだったのか。
あれが松茸ご飯だったのか。
もっとよく味わえばよかった…。
松茸を食べたのはその時一度きり。
私は今でもあれは亡くなったお義母さんの「松茸ごはん召し上がれ」という思し召しだと思うのです。
でも、せっかくの松茸なのにロクに味も確かめず飲み込んだ私のことを、きっと空の上で「そそっかしいなあ」と苦笑していることでしょう。
|
|
|


 |
3 |
イワシの塩焼き |
MN aus Deutschland |
|
異国で、故郷(日本)と同じ食材に、しかも味も同じ料理に出会うと妙にうれしくなるものです。
欧州に住んでしばらく経ちますが、先日 欧州の西先端「ポルトガル」で、子供の頃よく食べた「イワシの塩焼き」に、出会いました。
小学生の時、東北地方の港町に住んでいたおじが、「魚の中でイワシが一番おいしいんだよ」と、よく言っていたこと印象に残っています。
欧州では、焼魚(姿焼き)を見る機会は、ほとんどないと思います。
身近にある魚といえば、通常 缶詰か冷凍食品、市場まで行かないと手に入らないことが多いのです。
しかし、ポルトガルでは、彼らの「伝統的日常食」ということでした。
違いといえば、「お米」の替わりの「パン」と、昼でもコーヒーとデザートを欠かさないことでしょうか。
昼間の大衆食堂で、バスやトラックの運転手のおじさんたちも、プリンをおいしそうに食べていました。
何百年前からの石造りの家が並び、日本でいえば「小樽」のような街並み。
今はもう、大西洋の大海原にくりだし、ブラジルをはじめとして植民地をいくつか持っていた、勇猛果敢な面影はなく、どちらかと言うと「斜陽の街」という、印象を受けます。
そこがまた、日本の田舎町のような郷愁をさそうのです。
出会う人々も、隣のスペインのように気性の激しいラテン系のイメージはなく、親切、まじめ、シャイで、一緒に居て 落ち着けます。
今は、日本からの直行便はないと聞いています。
でも、ポルトガルは 食材をはじめ日本人の感性に合う国だと思いますし、特に仕事が落ち着いた後の方々がのんびり過ごすのにお勧めです!
個人的には、今後、日本との接点が増える予感がしました。
|
|
|


|
2 |
祖母の葛湯 |
izumi |
|
幼い頃、私達三姉妹は祖母の家に行くと必ずおねだりする定番のお手製おやつがあった。
それは「葛湯」・・・風邪などのときに飲むというあれだ。
純粋な葛は使っていないのだが、祖母はそれを葛湯と呼んだ。
鍋に片栗粉と水を入れて火にかける。幾分温まってくると、そこで赤ざらめを加えながら小学校の栄養士をしていた祖母はまじないのように言う。
白砂糖じゃ、絶対にだめなのよ・・・。
菜箸でグルグル鍋底をかき混ぜ、濁った液体がみるみる透き通っていくと仕上げに多めのレモン汁を加えてできあがり。
栄養たっぷりなんだから・・・!
これも祖母お決まりの文句。
ガラスの器に盛られたそれは市販のものと明らかに違う。
スプーンですくうと甘いレモンフレーバーの湯気が立ち、プルプルねっとりな食感は今でも忘れられない。
どうしてこんなものが好きだったのだろう?
なつかしい、祖母のおやつだ。
|
|
|




 |
1 |
やっぱり手作りが一番? |
YUKI |
|
私は「自宅で出す料理と主人のお弁当は全部自分で作り、同じメニューを続けない」ことに決めている。
これは「市販のお総菜やレトルト食品・冷凍食品を使わない」という意味で、例えば、カレーライスには市販のルーは使わない、コロッケはじゃがいもをゆでるところからスタート……といった具合である。
こんな風に書き出すと、毎日、存分に腕をふるって自慢メニューを並べていると思われるかもしれないが、現状は大違いである。
「全部作ろう」と決めたこと自体も、仕事の忙しさを理由に家事を全面放棄しかねない自分に歯止めをかけるという結構消極的な理由からだった。
私はSOHO形態で仕事をするフリー翻訳者なのだが、「自宅で仕事ができるから家事との両立も楽だ」というのは専業主婦をターゲットにする怪しげな通信教育講座の宣伝文句だけで、実態は休日返上で深夜残業が続く。
「全部自分で作る」と決めたものの、時間は限られているので、少なくとも料理方法は偏ってしまう。
「長時間を要する煮込み料理」は実は割と簡単(火にかけている間、自分はパソコンに向かっていれば見事に両立できる!)で助かるのだが、一方で「油で揚げる料理」は敬遠しがちになる。
表面的には「全部自分で作って、同じメニューは繰り返さない」ものの、実際は楽にできるメニューばかりでごまかし、何となく同じローテーションを繰り返す……
この状態が何年も続いて、最近は「手抜きをして全部自分で作る」ことにどれだけの意味があるのだろうと思い始めていた。
「手抜きであってもやっぱり全部自分で作ろう」と改めて(というよりは今まで以上に)思うようになったのは、残念ながら、父親が持病の腎臓病を悪化させたことだった。
主人と二人で私の実家に顔を出した帰り道、「何だかのどがかわくね。食事のせいかな?」と主人が言った。
実家での食事は父親の病状に合わせ、当然のことながら意識的に薄味になっていたのだが、どうやら何の意識もしていない我が家の食事の方が減塩度は大幅に上回っていたらしい。
市販の総菜・冷凍食品類を完全に排除し、香辛料やハーブを好んで多用していたことがプラスに働いた。
毎日の食事が知らない間に健康に影響を及ぼすことを実感する事件はさらに続く。
今度は私がたまたま受けた健康診断の血液検査で、血液内の脂肪の値がかなり低く、「油をそのまま飲んでもいい」くらいだと言われた。
私は自分一人の時は間食を一切しないし、普段の食事でも揚げ物を滅多に作らないから、当然の結果か……とその時は少し落ち込んだのだが、その話を冗談半分で実家の母親に言ったら、実は母親は血脂肪の値が高く、動脈硬化などを起こしやすい状態だと注意されたのだと言う。
贅肉だらけの私が油を飲んでも良くて、ガリガリにやせている母親が脂肪分の取りすぎに注意しなければならないなんて、素人的には理解に苦しむ結果だったが、これで私は「全部自分で作ること」は「健康に良い」のだと確信した。
時間が限られている状況は相変わらずだが、「時間が確保できない中、わざわざ全部自分で作るんだから、栄養や健康のことだけはしっかり考えよう」と意識が変わって、「短時間で簡単にできる」というフレーズにも罪悪感なく(?)飛びつくことができるようになった。
「ひめのレシピ」で簡単で美味しそうなものを見つけながら(^^)、(時には時間をかけ、凝った料理にも挑戦して)今後も自分なりに食生活をenjoyしていきたいものである。 |
|
|
|
エッセイのindexへ戻る |