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June,2003
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鰺のお刺身。〜別題『解剖実習』
鰺(アジ)が届きました。
今が旬の小アジです。ぷっくりプリプリ、ぴかぴか青く、澄んだ目ぎょろり。
塩焼きの予定変更、今夜はお刺身にしよう。
腕まくりをして、鰺をおろす準備にかかります。
包丁を念入りに研ぎ、いざ取り掛かからんとして、手が止まりました。
アジが動かぬ目で、じっとにらみつけています。
痛クシナイデヨ。
声無き声を振り払うように、息を止めて、すぱっと刃を入れ頭を落としました。
わずかな緊張が走るこの一瞬は、いまだに苦手です。
つうーっとお腹を開き、ワタを指でかき出しました。
お腹が空っぽになったお魚は、すこし哀しい。
5匹を処理し終わって、流しには赤い液体はほとんど流れていませんでした。
上々の出来、順調です。
頭とお腹がすっぽり消えて、食材へと昇華したアジを、次々と
三枚におろしていきます。
その頃にはもう、「中骨はお汁に使おう」などと、
不埒な食欲がむくむく頭をもたげてきました。
気を抜くことなく、注意を払って小骨を取り、皮を引いて、やれやれ終了です。
お刺身となったアジは、薄紅色がかった半透明の身に、
皮を引いた後の銀色が霞雲のように浮かび、美しく光り輝いていました。
流しに溜まった残骸を見て、
ふと大学3年の時に履修した法医学の授業を思い出しました。
その日は司法解剖された人体のスライドを見る授業でした。
蒸し暑い夏の始まりで、真っ黒いカーテンがぴっちり閉められた教室は、
ただでさえ貧血を起こしそうなくらい、空気がよどんでいました。
スライドを上映する前に、教授が静かな口調で注意事項を話します。
「女子学生の諸君、怖いのはわかりますが、なるべく静かに見てください。
大丈夫、貴女たち女性は、思っている以上に血に耐えられるようにできています。
大抵、指の間から、しっかり見ておられる。
心配なのは男子の諸君です。
落ち着いているのかと思ったら、顔面蒼白になって倒れる。
これは医学部の学生でも珍しいことではないから、気分が悪くなったら
遠慮なく退席してよろしい」
ノートを団扇代わりにぱたぱた仰いでいた音がしんと止み、
何人かの男子学生は暗闇の中、そっと席を離れました。
アジと法医学の授業を結びつけるのは、ほんとうにどうかしていると思うけれど、
あの夏以来、魚をおろすのが怖くなくなりました。
切り身では有り得ない、「おろす」という名のスリリングな解剖。
これから食べるのだと思うと、頭を落とすその一瞬までくらくらして、
どうしたものかと眉をひそめてしまいます。
ところが、解剖だと思えば、指先に余計な感情が混じらない。
淡々と、魚の骨格に従って解剖をすすめるのみです。
無理な刃の入れ方をしないので、結果的に手早く美しくおろすことができるのです。
そういえば、中学で体験したフナの解剖の実習は、
こんな気分だったかもしれません。
食欲よりも、教授のいう「太い神経」の勝利なのでしょうか。
美しい鰺は、生姜と細ねぎの薬味をこんもり添えられて、食卓に出されました。
「ううむ、鰺のお刺身、旨いねぇ。お澄ましもいい味が出ているよ」
美味しい顔は、とても嬉しい。
でも、また作るわね、と言うのは止めておきました。
5匹もこなして、さすがのわたしも少々疲れたのです。
だって、普段は切り身を利用することの方が多いのですもの。
次回の実習は、もう少し先にいたすことにしようと思います。
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キッチンひめ
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